南日本ファイル / 鹿児島冤病事件

本ブログの統失患者とは「通院も服薬もせず病識のない患者」を指します。

😱 ついに中江院長の病気捏造の証拠を掴む 😱 
全ての事件の要因は捏造された統合失調症
23年間以上、冤病の烙印を押し続けた中江院長(玉里病院)
その嘘を信じて罪を犯し、後悔する者たち続出も

玉里病院・中江(元)院長の対応が悪質すぎて酷すぎて怒りが治らない (2025年3月2日の記事)

 
2014年11月、玉里病院を退院。
2015年4月、訪問看護と通院を終了。
2015年5月〜中江院長による他病院への統合失調症拡散が始まる。
2015年11月〜2019年1月の3年間精神科S精神科病院に通院。その間一貫して統合失調症は否定される。(何の症状もなく何も訴えないのだから当然だろう。)
 
S精神科病院離院後は主治医であった赤崎医師を買収し一致協力して拡散に励む。
 
中江院長の診察を最後に受けたのは2009年である。以降入院中を含め、言葉を交わしたことはなかった。
尚且つ、2009年から2014年退院までの5年間を担当したB医師は、同時に他院で麻酔科医をしており、精神科医に半分転身したばかりだった。つまり駆け出しの精神科医だった。おそらく私が初めての統合失調症患者だったことだろう。ネットで情報を集め、勉強をしている最中というのが診察の端々に垣間見られた。
私が統失ではありませんと強く言うと「あの優秀な中江先生が間違えるはずはない」というのがの答えだった。かなりその頃は中江院長に心酔しているようだった。
私が統合失調症だと言われる根拠は最初からなかったのである。でっち上げだから当然のことだが。
私が玉里病院に初入院した時、入院前の行動によりアルコール精神病と診断したことを引っ張り出し、それに尾ひれを付けて無理やり統合失調症をでっち上げた、というのが真相だ。
退院後の中江院長がとった行動 (拡散)の狙いは、すでに自分の手の届かない存在となった私を「統合失調症」だと貶め、病医院で私にストレスをかけ、飲酒に追い込みたかったのだろう。統合失調症で再入院などしてこないというのは中江院長が一番知っていた訳だから。
本来は一生入院させるつもりだったが、B医師の強い勧めに乗って、「どうせ飲んで再入院してくる」と高をくくり、うっかり退院させたところ、まさかの展開となり慌てたのだろうが、その対応は入院中にあった事件同様、非常に短絡的で悪質な発想だった。
世襲の精神科病院長、善悪の判断基準があまりにも一般常識とかけ離れていて、恐るべき発想を違和感なく実行してしまうというモンスター振りだが、本人は何も気がついていない。
 
(追記) 
この数年後、再び何の根拠もなく包括センターや植村病院(草牟田)にデマを流し、私を地獄の底に突き落とすのである。