南日本ファイル / 鹿児島冤病事件

本ブログの統失患者とは「通院も服薬もせず病識のない患者」を指します。

😱 ついに中江院長の病気捏造の証拠を掴む 😱 
全ての事件の要因は捏造された統合失調症
23年間以上、冤病の烙印を押し続けた中江院長(玉里病院)
その嘘を信じて罪を犯し、後悔する者たち続出も

鹿児島冤病事件における「冤病」が完成するまで

鹿児島冤病事件について「冤病」という概念だけを切り取って考えると、それは玉里病院中江院長、S病院赤崎医師、そして鹿児島市保護第一課が三位一体となることで成立したと言える。

冤病は単独の医師が虚偽診断を行っただけでは完成しない。権威(中江)、正当化(赤崎)、行政処理(保護課)の三要素が揃って初めて作動する。

三位一体化が始まったのは、赤崎医師が二度目の障害者手帳申請を意図的に遅らせた頃ではないだろうか。この時期から中江医師の虚偽診断を前提とする情報の流れが形になり、赤崎医師は診断面で、保護課は他病院受診情報の面でそれを下支えする構図が成立した。

さらに隣人トラブルの時期から警察が加わることで四身一体へと拡大した。冤病は医療と行政の内部で完結するものではなく、警察権力を取り込むことで初めて「公的な真実」としての形を得た。
それは、当人の私でさえ信じられない、まさに「事実は小説よりも奇なり」を地でいく経緯だった。